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2014年1月29日 (水曜日)

初めての絶望(2/7)

初めての絶望

 

 

その後、人生の最大の ターニングポイントを迎えたことになります。今から約十二年前。2001年10月12日でした。、突然、脳梗塞で倒れました。当時一人暮らしでしたから、倒れてから発見されるまでに48時間が経過していました。救出されるものの、言語障害・聴覚障害・右手麻痺・失語症という重い後遺症が残りました・・

 

 

 

当時は、何も聞こえない、しゃべれない、重い失語症だから、言いたいことが頭に浮かんでも言葉にすることがなかなかできない。また、きき手の右手が麻痺ですから、左手で文字を書いても、人は読めない。つまり日常生活に必要なコミュニケーション手段を全て失ってしまったのです。

 

 

三十四歳で、俺の人生は見事に終わった・・・・

 

 

これ以上生きたとしても、なにひとついいことはないだろう。「俺は世界一不幸だ!」と本気で思いました。

 

また、当時ユニットを組み、ヴォーカルとギターを担当し、ライブ活動に励んでいましたので、歌を歌うこと、音楽を聴くこと、ギターを弾く右手、わざわざ選ぶようにして得意分野すべてをもぎ取られた私は、「もう死んだほうがましだ」という深い絶望の淵に立たされました。

 

 

 

本当に深い深い絶望感でした。

 

 

 

本当の絶望を経験された方は、「周りの景色がモノクロになる」と言われますが、私も本当にそうなりました。

モノクロと言うよりも、色を感じれない景色でした。【波動レベルが向上すればするほどに、意識する色が多くなる】と言われますが、本当に絶望の時では、目に見えるものは全部、色がない、モノクロの世界でした。

当時の私は波動レベルがかなり低い状態だったと思います。光を感じない時でした。 色はその物体が色を発しているではなく、光を受けた物体の色の波長を、器官(目・脳)を色を作っているのです。

「光を感じる」ってなんとありたがいものか。

 

 

 

光を感じるのもそうですが、それまで、声を自由に出せたこと、言いたい言葉をすらすら発せれたこと、書けることも、歌を聴けることも、両手が動かせたことも、どんなにすばらしいことか・・どれほど有難いことか・・どれほど幸せだったか・・と気づかされました。

 

 

 

今まで、しゃべれるとか聞こえるとか手が動くとか、当たり前すぎで、感謝したことが全然ありませんでした。普段の感謝が大事であり、病気の原因のひとつは「感謝不足」だと気づかされました。この気づきは、後々私が「ありがとう人間」になるきっかけとなりました。

つづく

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米子タカシマヤの個展のお知らせでございます。ぜひ遊びにお越しください(◎´∀`)ノ

■2月19日(水)~25日(火) 個展・実演 in 米子タカシマヤ

会場:鳥取県米子市角盤町1丁目30 米子タカシマヤ5階催事場

実演時間:11:00~18:00くらいまで

内容:たけオリジナルグッズを1,500円以上お買上げの方に、絵と詩の
メッセージカードをプレゼント。
その他、その場でお渡しできる、あなただけのメッセージ色紙作成いたします。
たけは毎日会場で実演します。

3月は,堺東タカシマヤ、日本橋タカシマヤで個展します。

みなさまぜひぜひお越しくださいませ(◎´∀`)ノ

ありがとうございます

合掌 たけ

 

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