新作できました~心配心~
漫画ような作品を描かせていただきました。
4日からスタートする熊本のつるやさんの個展にデビューします。
ドキドキヽ(;´Д`ヽ)(ノ;´Д`)ノ
G・Wは熊本もいいとです~( ̄ー ̄)ニヤリ
講演もあると。遊びに来てくださいね(◎´∀`)ノ
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■5月4日(水)~10日(火) 個展・講演 in 熊本 鶴屋百貨店
◆場所:熊本市手取本町6-1 鶴屋百貨店本館1階催事場
◆時間:11:00~18:00くらいまで
◆講演「ありがとうプロジェクト」も1階サテライトスタジオにて開催!
◎5月4日(水)11:00~ ◎5月7日(土)11:00~
☆はじめての熊本県、そして鶴屋百貨店さんでの個展実演!
たけは毎日会場でカキカキいたします!
※講演の時間を変更いたしましたので、ご確認ください。
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さて、心配心は怒りや恨みと同じご法度の心です。
心配心がなぜご法度の心だろうか?と思う疑問に分かり易く教えてくださった文章があるとです。
吉丸房江さんの「あのねだいじょうぶだいじょうぶ」の一部文をお読みください。
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何かあるごとに、すぐに心配をしてくれる人がよくいます。
そういう人を私たちは「やさしい人」と思うことがあります。
でも、それはまちがいです。心配はたいへん悪いこと、マイナスのエネルギーを出すものです。
顔見知りの誰かに、「あなた、顔が青いよ。どこか具合が悪いんじゃない」「早くお薬飲んで休まないとたいへんだよ」といわれたら、「ああ、そうかな。そういえば、ちょっと体がだるいし、熱っぽいかもしれない」という氣になります。
そして、そんな忠告をしてくれた相手に「心配してくれて、ありがとう」と感謝します。でも、これは感謝するどころの話ではありません。マイナスエネルギーを頭からかけられたのと一緒だからです。
「風邪をひいたのね。でも、大丈夫よ。すぐに治るから」という言い方をしてくれるのならいいのです。これは、プラスのエネルギーがいっぱいこもっている心くばりです。
ところが、「放っておくとたいへんよ」「早く医者に行きなさい」というような言い方をされると、不安になってしまいます。自分ではそれほどでもないと感じているのに、大変な病氣にかかっているのではないかと恐怖におそわれます。
そんな氣持ちを抱いていると、どこも悪くないのに、本当の病氣になってしまうこともあります。
心配はマイナスのエネルギーを持っているというのは、こういう意味です。心配と心くばりは違います。
あるとき、私の家に一人のおばあさんが訪ねていらっしゃいました。
おばあさんは、「一つだけあなたに聞きたいことがあります」
といわれ、こんな話をしはじめました。
「私の両親はとても宗教心のある人たちで、私も両親のような生き方をつづけてきました。自分の子供たちにも、怒ったり、人をだましたり、むさぼったりしないようにいってきました。お釈迦様の説かれたことは守るように努力してきました。
それなのに、両親も私も幸せではありません。私は不幸せのまま死んでいくのは嫌です。あなたはこれをどう説かれますか?あなたの本にも、人をうらんだり、ねたんだり、だましたりしてはいけないと書いてありました。でも、そうやって生きているのに私は幸せになれないのです。それはどうしてだと思いますか?それをあなたに聞きたくてやってまいりました」
私の本には、その答えも書いてあるはずでしたが、おばあさんはその部分を読んでおられないようです。そこで私は聞いてみました。
「あなたのお母さんは人をねたんだり、うらんだりしなかったのね。むさぼることもなかったのね」
「そうです。だから私もしませんでした」
「ああ、そうなの。よかったわね。だけどね、一つ聞きますけれど 、心配はどう?あなたは心配もなさらなかったの?」
すると、おばあさんは答えました。
「朝から晩まで心配ばかりしています。子供が出かければ交通事故に遭わないか、雨が降れば濡れないか、寒ければ風邪をひかないかと、朝から晩まで私の頭の中は心配ばっかりです」
「その心配がいけないのですよ。あなたの心配があなたの人生をマイナス方向に向けてしまったのですよ」
私がそういうと、おばあさんは怪訝(けげん)な顔をなさいました。
「いや、私がしたのは心配ですよ。うらんだり、ねたんだり、むさぼったりじゃない。心配をしただけです」
心配の意味をうまく理解できないようなので、私はさらにいいました。
「その心配がいけないんです。
病氣のときに『××さんも同じような症状があったのに、ほっといてガンになったらしいですよ、私もあなたのことを心配しています』といったら、その人はどうなるでしょう。病氣はよくなりますか。
もしかして自分もガンの前兆かもしれないと思うでしょう。
心配は、人をどんどんマイナスに導いてしまうのですよ。
あなたはご両親から心配のエネルギーをいっぱいふりかけられて、あなたもまたいっぱい心配をして、それを悪いことだとは思っていないようです。
けれども、それは人をうらんだり、ねたんだり、むさぼったりするのと同じマイナスのエネルギーなんです。マイナスはマイナスを呼ぶのです。
心配すれば心配が、心配しながら心配事を集めて心配にきます」
私がこのように説明をすると、おばあさんはようやく納得されたように、こうおっしゃいました。
「朝から晩まで心配の一日でした。心配をするということは、自分 をへりくだり、人に親切にするやさしい言葉だと私は思っていました。私の親も同じように思っていたのでしょう」
「心配は無用です。心配したからといって、病氣も仕事もよくなるものではありません。
これからは、大丈夫で生きましょう。
『大丈夫、大丈夫』といつもいっていれば、それが神様に通じて、何でも大丈夫になりますよ。
そして、その次は『ありがとうございます、ありがとうございます』というのです」
私がそういうと、おばあさんは
「わかりました。本当にそうですね」
とホッとした表情を浮かべ、うなずいてくれました。そのときのお顔がとても印象的でした。
心配はやさしさの表現ではありません。
心配をするのなら、代わりに「大丈夫!!」と腹を決めて、「ありがとうございます」と感謝をする習慣をつけるように心がけましょう。
心配の種が心に芽生えたら、すぐに「大丈夫」とささやきかけてください。
明るく感謝して「大丈夫」で生きていけば、すべては好転していきます。
なぜならば、それは宇宙のリズムに沿った生き方だからです。
単純明快は神の心、複雑怪奇は悪魔のささやきなのです。
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じゃ、熊本でお会いしましょう(◎´∀`)ノ
ありがとうございます![]()








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